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| ホーム>Editor's Pick>People Interview>アンドリュー・ゴードン教授 | ||||||||||||||
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| Jマガジン:まずは、日本という国に興味を持った経緯について教えてください。 ゴードンさん:よく聞かれる質問ですが、私の場合は、両親が日本に住んでいたとか、私自身が日系人であるとかそういった理由はまったくありません。最初のきっかけは、高校在学時に日本を訪れたことでしょうね。それが1996年のことです。折しもその年は、学生運動により、東京大学への入試が中止され、高度経済成長の真っ只中の日本はエネルギーを持て余しているように見えたのです。その時の光景に触発され、日本のエネルギーの背景にあるものを知りたいと思ったことが、私が日本近代史の研究へ至る経緯です。 Jマガジン:歴史研究家のゴードン教授がなぜ、松坂大輔の本を執筆することになったのですか? 岡本さん:これは本当に偶然に偶然が重なった面白い出来事でした。松坂大輔の代理人であるスコット・ボラスとレッドソックス球団が交渉を開始した2006年の11月に、友人である日本協会会長のピーター・グリーリから一本の電話を受けたのです。実はこのとき、レッドソックスは、ボストンがいかに素晴らしい街で、いかにレッドソックスが素晴らしいチームであるかを売り込むため、短編の「リクルートDVD」を作成して、松坂大輔に贈る準備をしていました。ピーターは制作プロデューサーに私を出演させるべきだと提案したのです。ハーバード大学が全学を挙げて、松坂を呼びたがっているということを語りかければかなりのインパクトがあると言うのです。このDVDは交渉が決定するまでは内密にしてくれと頼まれていました。私は、朝日新書の編集者である友人に「松坂をボストンに招致するために、私は人には言えない隠れた役割を果たした」と伝えたのです。すると彼は、「ではアカデミックな視点とファンとしての視点を組み合わせて、松坂の本を出しませんか?」と返してきたのです。これには、驚きましたが、素晴らしいアイデアだと思い、承諾しました。 Jマガジン:アカデミックな視点とファンとしての視点で捉えたとのことですが・・・ ゴードンさん:私はスポーツ記者ではありません。歴史研究家です。執筆業は仕事の一つですが、スポーツ中心の話題では、私が書く意味がありません。ですので、コンセプトは日本とアメリカの文化交流など、毎回のテーマを選んでの執筆でした。この本は8つのチャプターから構成されていますが、チャプターごとに、ビジネス、歴史的観点、文化交流と野球などとテーマごとに構成しています。ですので、ある種のフィクションにもなり得る本だと思っています。 Jマガジン:取材する上での苦労したことは? ゴードンさん:不可解なことに、松坂大輔本人との取材は一切できませんでした。あらゆるコネクションと、あらゆるネットワークを駆使して、コンタ クトを試みたのですが、前シーズンは彼にとっても大切な時期だったので、大事を取ったのかもしれません。 松坂選手には会えなかったものの、球団関係者では、広報担当のジョン・ブレイク、GMのセオ・エプスタインやラリー・ルキーノ、ピッチングコーチのジョン・ファレルなどには快くインタビューに応じてもらいました。もちろん、松坂選手が登板する試合は全て、プレス席から観戦していました。そういう意味では、私が松坂大輔選手を一番見続けてきたと自負しています(笑)。 Jマガジン:今シーズンの松坂大輔選手に一言。 ゴードンさん:先ほどもお伝えしましたが、彼は自分自身にあらゆる制約を与えていたような気がします。日本での彼のインタビューなども見ましたが、彼はもっともっと人間味のある選手だと思います。今シーズンは、成績もそうですが、もう少しファンに対するアピールですとか、明るい姿勢だとかを見たいですね。応援しています! |
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Andrew Gordon教授
アンドリュー・ゴードン教授 ハーバード大学歴史学部教授 |
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| 1952年、ボストン生まれ。デューク大学教授を経て、95年にHarvard University歴史学部教授。98年から2004年、同大学エドウィン・O・ライシャワー日本研究所所長。近代日本史における著作多数。 | ||||||||||||||
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